大阪高等裁判所 昭和42年(う)1958号 判決 1968年4月26日
被告人 赤松英一
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三月に処する。
この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人岡田義雄作成、弁護人金川琢郎作成および被告人作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。
各控訴趣意中量刑不当の主張を除くその余の部分について
論旨は、本件当時裁判所側が傍聴券を発行してとつていた、藤枝融に対する公務執行妨害被告事件第二回公判期日の公判廷の傍聴を制限する措置は、(1) 傍聴者がデモ行進をして来るというだけの理由から、ものものしい警戒態勢をもともなつてなされていたものであること、(2) 七五枚の傍聴券に対し傍聴に集つた者は七十数名であつたから、法廷の収容力の範囲内の数の傍聴希望者が集まつたに過ぎないと明らかに認められる場合に該当し、かかる場合にはいつたん決めた傍聴制限の措置をただちに変更しなければならないのに、その措置がとられなかつたこと、(3) あまりにも異常な警戒と警察への事前の連絡および警戒の要請ならびに結果的には制限人数以上の者が法廷内に座り切れたのに退廷要求がなされたこと等からみて、収容人員整理のためのたんなる便宜的措置のあつたとは考えられないことなどの理由から違法である、と主張し、このことを前提として、
一、被告人らの入廷行為は、傍聴人としての当然の権利であるばかりでなく、当該法廷の物的設備の範囲内にとどまり、入廷後においても公判を開廷し得る平静を保ち、同開廷を阻害せず、法廷の秩序を蹂りんしたものでもないから、建造物に不法に侵入したとの評価を受けるいわれはない。
二、被告人らの行為は、裁判所側の右違法の措置に対し、傍聴人の権利を守るため、右違法措置を排除すべくやむを得ずになされたものであるから、「正当防衛行為」その他の正当行為に該当する。
三、しかるに原判決が傍聴制限を適法として被告人を有罪としたのは、事実の認定を誤り、憲法三七条一項、八二条一項その他の法令の解釈、適用を誤つたもので不当である。
四、また原判決は、京大警官侵入事件裁判闘争への弾圧の一環であり、裁判への民衆の批判と参加を拒否する政治的民主主義のはく奪であり、学生運動への意識的な弾圧である。
というのである。
裁判所傍聴規則(昭和二七年九月一日最高裁判所規則第二一号)第一条は「裁判長又は一人の裁判官は、法廷の秩序を維持するため必要があると認めるときは、傍聴につき次に掲げる処置をとることができる」とし、その一号において「傍聴席に相応する数の傍聴券を発行し、その所持者に限り傍聴を許すこと」と規定している。各所論ともこの規則の規定そのものが憲法三七条一項および八二条一項に違反しているとは主張していないし、当裁判所としてもそのようには考えない。
そこで所論にかんがみ本件の事案について調査するに、原審で取調べられた証拠によると、
(1) 藤枝融に対する公務執行妨害被告事件は京都地方裁判所において岡田退一裁判官担当のもとに審理中であつたが、その第二回公判期日は昭和四二年一月二七日午後一時三〇分に指定されていたこと、
(2) 右被告事件の公訴事実の訴因は不詳であるが、藤枝融の述べるところによれば、昭和四一年五月二五日ごろ川端警察署の斉藤巡査が大学側に無断で京都大学構内に立入り、学生たちが同巡査に立入りの目的などを尋ね、同巡査が「今後一切学内には立入らない」などという趣旨の謝罪文を書いたというできごとに関係しているというのであつて、少なくとも一部の京都大学学生が、たんに藤枝個人の問題ではなく、大学の自治に深い関係を持つ全学的な問題であるとして、公判のなりゆきに関心を持つているものと理解することができ、昭和四一年一二月二一日同地方裁判所で開かれた第一回公判期日にも京都大学の学生二〇名ぐらいが傍聴に来ていたこと、
(3) 昭和四二年一月二一日ごろ上野勝輝から京都府公安委員会に対し集団行進および集団示威運動許可申請書の提出があつたが、同申請書には日時「昭和四二年一月二七日一二時四五分から一三時四五分まで」、進路「京大C正門――東一条――熊野――河原町丸太町――京都地方裁判所前路上」、参加予定団体「京大有志」、参加予定人員「五〇〇名」、目的「不当裁判実力粉砕」、名称「不当裁判実力粉砕京大デモ」等と書かれてあり、これに対し同公安委員会は、「進路は、京都大学教養部正門――東一条――東大路通り――熊野神社前――丸太町通り――丸太町通り寺町上る一〇〇メートルの地点で流れ解散すること」等の条件を付して同申請を許可したこと、
(4) この間同月二三日ごろ中立売警察署警備係から同裁判所総務課に「一月二七日一二時半ごろから京大の学生約五〇〇名が京大から裁判所までデモをするという申請が公安委員会に出ているが、当日どのような裁判があるのか教えてほしい」との電話による問合わせがあり、同課係員が「藤枝融に対する公務執行妨害被告事件の第二回公判がある」と答えたところ、同日さらに同署同係から同課に対し「先程のデモの解散地点を丸太町寺町に変えてはどうかとデモの申請者を説得しているが学生たちはあくまで裁判所に行くと言つている」との電話があり、これらに応対した同課係員は即日その旨を前記岡田裁判官に伝えたこと、
(5) これを聞いた岡田裁判官は、同月二四日ごろ前記藤枝融に対する公務執行妨害被告事件の第二回公判期日を従前の法廷よりも広い第一五号法廷で開くことにするとともに、傍聴券を七五枚発行し、その所持者に限り傍聴を許すことを決め、京都地方裁判所所長に対して右傍聴人数限定にともなう警備措置を依頼し、その指示をうけた総務課係員等において、裁判所構内の同法廷傍聴人入口と同法廷東側にある通用門との間を他から遮断し、同通用門を少しだけ開けて同所で傍聴希望者に順次傍聴券を交付し、法廷入口において傍聴人の傍聴券所持の有無を確め、その所持者にのみ入廷を許すことを骨子とする警備計画を立て、岡田裁判官および裁判所所長のこれに対する承認決済を得たうえ、四月二七日の第二回公判期日当日これを実施に移したこと、
(6) なお第一五号法廷傍聴席には傍聴人用に計八〇個の固定式椅子(一人用)が設けられている(傍聴席の最前面には他に椅子五脚がおかれているが、その前には細長い筆記台が設けられているので、これは常時報道機関の記者席として利用されているものと理解される)が、報道機関の記者には傍聴券なしで法廷に立入ることを許す取扱いとされていたこと、
を認めることができる。
これによつて考えるに、藤枝融に対する公務執行妨害事件の第二回公判期日には法廷の収容能力をはるかに超える多数の傍聴希望者がやつて来ることが予想され、これらの者が傍聴人として法廷内に立入りあるいは立入ろうとすれば、法廷の秩序維持が困難となる恐れがあるから、担当裁判官が傍聴券を発行して傍聴人の数を限定することにしたことは、前記裁判所傍聴規則の趣旨からして当然のことである。傍聴席の椅子の数が八〇であるのに対し傍聴券の数が七五枚とされていたことも、報道機関の記者は別異に扱われ、前記の五脚の椅子でまかない切れないことを予想し得るから、同規則一条一号にいう傍聴席に相応する数の範囲内として是認することができる。そして、同裁判官のかかる傍聴人数限定の措置が、法廷の秩序を維持すること以外の他意に出たものと認めるべきものはとうてい見出し得ない。したがつて、同裁判官のこの措置をもつて、同規則はもちろん憲法三七条一項、八二条一項その他の法令に違反する違法のものであるとすることはけつしてできない。そして担当裁判官が右のごとき傍聴人数限定の措置をとると決めた以上、裁判所所長は、その庁舎管理権にもとづき、予想し得る事態にそなえて警備態勢をとるなど担当裁判官の法廷運営に支障なからしめる適当な措置をとるべきであつて、このこと自体は、憲法三七条一項、八二条一項が保障する裁判公開の原則とはなんら関係がなく、このことがあいまつて担当裁判官の傍聴人数限定の措置を違法たらしめる性質のものでもない。だから、本件当日の警備措置の骨子が前認定のとおりであり、そのため傍聴券の交付を受けない者が第一五号法廷東側に設けられた通用門を通過して同通用門と同法廷入口間の遮断区域内に立入つたり同法廷内に立入ることが禁止されることになつたとしても、あるいは所論のごとく当日の警備態勢がものものしいものであつたり、警察官の派遣をも得ていたものであつたとしても、このことの故に担当裁判官による前記傍聴人数限定の措置が違法になつたり、裁判所所長による右立入禁止の措置が違法性をおびるわけはない。また、担当裁判官が法廷における秩序を維持するため必要があると認めていつたん傍聴券発行による傍聴人数限定の措置をとつたとしても、その後の事情によりその必要性を認めないようになつた場合には、右傍聴人数の限定措置を解く等これに即応する措置をとるべきであるが、本件においては原判示の如く被告人が他の学生たちと裁判所の建造物内に立入つた当時には、未だ右の如き必要性が失われたと認めるに足る事情の変更は存在しないから、当時傍聴券発行による当初の傍聴人数限定の措置およびこれにともなう警備態勢がそのまま維持されていたことをもつて違法であるとする余地はない。
然らば、本件当時行なわれていた担当裁判官による傍聴人数限定の措置、およびこれにともなう裁判所長等のとつた警備の措置等(所論が傍聴の制限というもの)が違法である旨の所論、およびこのことを前提とする所論はすべて失当であり、被告人は原判示の立入所為につき建造物侵入の罪責を免れ得ない。たとえ被告人らの入廷後、結果的に被告人らの全員が傍聴人席に着席することができ、被告人らにおいて平静を保ち、それ以上積極的に公判の開廷を阻害しなかつたとしても、このことの故に被告人が建造物侵入の罪責を免れるとすることはできない。また、原判決をもつて京大侵入事件裁判闘争への弾圧であり、裁判への民衆の批判と参加を拒否する政治的民主主義のはく奪であり、学生運動への意識的な弾圧であると考えるべき根拠はどこにもない。
原判決には各所論のごとき事実誤認および憲法その他の法令の解釈、適用を誤つた違法はなく、論旨はすべて理由がない。
弁護人金川琢郎および被告人の控訴趣意中量刑不当の主張について
論旨はいずれも量刑不当を主張するので記録にもとづき調査するに、被告人は本件当日行なわれた京都大学学生を主体とする不当裁判実力粉砕京大デモと称するデモ行進(参加人員六、七〇名ぐらい)に指揮者の一員のごとくして参加し、京都地方裁判所近くの丸太町寺町上る附近でいつたん解散した直後、同デモ行進参加学生の大部分を含む学生たち六、七〇名ぐらいといつしよになつて、当日同裁判所で開廷予定の藤枝融に対する公務執行妨害被告事件の公判を傍聴すべく、再び隊列を組んだ形で前記第一五号法廷東側に設けられた同裁判所構内通用門前に赴いたのであるが、同公判については担当裁判官により七五枚の傍聴券を発行し、その所持者に限り傍聴を許すと定められ、これに応じて裁判所職員が同通用門の左右開閉の扉を五六センチメートル強開き、同所において傍聴券を交付する(当時すでに七五枚のうち十数枚は他に交付ずみ)手筈を整えており、右扉の表側には「傍聴券交付所」と書いた札が下げられていたばかりか、扉の上方部には「被告人藤枝融に対する同日の公判については法廷整理の都合上先着順に傍聴券七五枚を発行します。傍聴券のない方は法廷に入ることはできません。開廷は午後一時三〇分の予定ですから午後一時一〇分から係員の指示に従つて入廷して下さい」等と白字で書かれた縦約七〇センチメートル、横約八〇センチメートルの黒板がよく見えるように掲げられており、待機していた裁判所職員が「藤枝融君の公判を傍聴される方はここで傍聴券を受取つて入つて下さい」と大声で呼びかけているのに、未交付の傍聴券の枚数を尋ねることもなく、他の学生たちが口々に「第一回公判では傍聴の制限はなかつたのに、なぜ制限をするのか」「傍聴制限は不当だ」「全部入れろ」などと叫びながら入口に押し寄せている間に、被告人は一人傍聴券を受取つて門扉の内部に入り、まず内部からみて左側の扉を閉じるのに用いてあるつつかい棒の一本をはずし、このとき附近にいた裁判所職員の一人がこれを妨げるべくそばにあつた机を被告人の方に押しつけるようにしたが、今度は身をひるがえして、右側の扉を半開きの状態にするため用いられていた長さ約二メートル、直径約八センチメートルの丸太棒を手にして取りはずし、外部の学生数名と呼応して同扉を一メートル十数センチほどの間隔に引き開き、その間隔から外部にいた前記学生のほとんど全員をして大挙そのまま同通用門前を通過して法廷内にまで立入るにいたらしめたものであり、かくして法廷内に立入つたことにより、これら学生たちはしばらくの間は傍聴席に着席する(一部の者は座り切れずに立つていた)などして比較的平静を保つていたが、約一時間後に退廷するまでの間結果的に公判の開廷を阻害したのであつて、論証と説得の場でありなによりも秩序の維持が強く要請される法廷の内外においてかかる所為に出た被告人の刑責は重いといわなければならない。しかしひるがえつて検討するに、その余の学生はもちろん被告人も、当日の公判に傍聴券発行による傍聴人数の限定のあることを前記通用門にまでやつて来てはじめて知つたものと認められ、被告人は計画的に本件犯行に及んだのではないこと、犯行にあたり暴力の行使はなされていないこと、公判開廷中に法廷に立入つたものではないし、その他裁判官が裁判官としての職務を行なうにさいしその面前等でなされた犯行ではないこと、公判の開廷を阻害する意図はなかつたこと、入廷後首席書記官が担当裁判官の命を受け法廷内で「傍聴券を持つていない者は法廷からいつたん全部出てあらためて傍聴券を受取つて入廷すること。法廷の秩序が回復されないかぎり法廷を開くことはできない」と伝えるのを静かに聞き、まもなく退廷していることなどの諸事情が認められ、要するに、担当裁判官が法廷の秩序維持の観点から定めた傍聴人数限定の措置、ならびにこれを実効あらしめるべく裁判所所長が庁舎管理権にもとづきとつた措置を軽視したことははなはだ遺憾であるが、被告人に裁判の審理そのものを否定したりこれを積極的に妨害する意図があつたとは認められず、げんにさような行動に出ている事実はないのであつて、本件犯行の主観的側面は、傍聴制限およびこれにともなう通用門内部への立入り制限に対する反抗であることにその本質をとらえることができ、その他被告人は前科がないこと等をも考慮すると、被告人のため酌量すべき余地も多分にあると考えることができる。以上の諸点に照らすとき、被告人に対し実刑を課した原判決の量刑も必ずしも首肯できないわけではないが、むしろこのさい刑の執行を猶予し、今後の被告人の社会的成長を期待するのが相当と思料される。被告人に対する原判決の刑はこの点において重過ぎるというべく、論旨は理由がある。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがいさらに次のとおり判決する。
原判決が認定した事実に原判決挙示の各法条おび刑法二五条一項を適用して、主文二、三項のとおり判決する。
(裁判官 山田近之助 鈴木盛一郎 岡本健)